Persona

「オマエ」 「…」 「ヨロイのオマエ!」 子猫が喋ったらこうであろうというような、甲高く耳につく声が届いた。 ふと見下ろすと、ピンクの太ったペンギンのような生物がこちらをじっと睨んでいる。 ジーンは辺りを見回した。 他に誰かがいるはずもない。剣の練習のために一人で町外れの森の中に来ているのだ。 「…私ですカ?」 反応の遅さに苛立ったようで、パピは地団太を踏むような動作をした。 「オマエだって言ってるグリ」 「すみません。何の御用デ?」 「…あのぅ…それ」 パピは少し迷うように大きな瞳をキョロキョロさせた後、おもむろにジーンの頭部を指差した。 「そのツノのついたやつ、見てもいいグリ?」 そういえばかなり前からこのグリフが時折視線を投げてくるのには気付いていた。 人間嫌いで人見知りの彼にしてみれば、周囲に人がいる中ではなかなか言い出せなかったに違いないが、 心の中はこの風変わりな兜に興味津々であったのだろう。子供らしい反応である。 そのためにわざわざこっそり後をつけて来たのかと思うと微笑ましくなり、ジーンはふと笑った。 「…いいデスヨ」 兜を脱いで差し出してやるとパピは嬉しそうに受け取り、光にかざすようにつまんで持ち上げた。 それを見てジーンは初めて彼に指があるのを知った。 「すごいグリ。重いグリ、硬いグリ〜。このツノ、グリのより立派だグリ。ささったら痛そうだグリ」 「それは…飾りですカラ、そんなことはアリマセンヨ」 「どうしてこんなのかぶってるのグリ?」 「それがカナーナ王国の兵士の正装ダカラデス」 「そうじゃないグリ」 パピは首を振った。もっともグリフに頚部のくびれにあたるものはないので、 ぷるぷると体を震わせているように見える。 「オマエがオマエを隠している理由を知りたいのグリ」 ジーンは一瞬、言葉を失った。 「…それは」 「ラの流れが見えない人間は、コレに声を変えるキカイがついてるんだと思ってるグリ」 パピは兜をぺちぺちと叩くと、鼻を鳴らした。 「バーカ。人間なんてみんなバカ。そんなのオマエなら分かってるだろうけど、 オマエがヘンなのはコレのせいじゃなくてオマエのせいグリ。オマエにはオマエのラがない。それだけのことグリ。 なんでなのグリ?グリはそれが分からないんだグリ」 「…私の…ラがない…理由」 理由があったはずだった。 理想があったはずだった。 過去があったはずだった。 意味があったはずだった。 なのに、いつからだろう。 何も考えなくなっていった。 視界が色を失っていった。 時間が変化を失っていった。 自分を失っていった。 「…分かりませン」 そうとしか言えなかった。 ジーンは片目を覆うように顔に手を当てた。 自分の指によって視界が遮られる。ここに存在している体は確かに自分のものだ。 でも、どこにも触れられない。どこにも辿り着かない。霧のような、虚無。 「忘れてしまったから…私の、本当の姿も…声も、どんなだったのか、自分でも… 分からなくナッテシマッタカラ」 『自分』は必要なかった。 必要だったのは時間に精確で、正しく規律に従う忠実な兵士。 長い間、それを演じてきた。 なんとも思わなかった。何も考えずに時間を過ごせばそれで済む、単調な日々が楽だった。 そして仮面がいつしか自分の顔になり、剥がれなくなった。 俯いたジーンを横目で見ながら、パピは素っ気無く言った。 「心配するなグリ。きっと思い出すグリ」 「…」 「オマエにラの祝福があるなら、きっと取り戻せる。 オマエはパインの隣にいるのグリ。世界で最もラに祝福されたアイツの隣にいるのグリ。 それをちょっとも分けてくれないほど、パインがケチじゃなければだけどグリ」 その時木立をかきわける音がしたかと思うと、金髪の癖っ毛がひょいと顔を出した。 「あっ、ジーンさん、探したんだよ…って、パピと一緒なの?変な組み合わせ!」 パインは木の葉のついたマントをはたきながら二人のそばへやってきた。 「じゃーなグリ!」 パピはぴょいと立ち上がると、ジーンに兜を放り投げて寄越してからパインの来たほうとは逆方向へ走っていった。 「あれ…僕、話の腰を折っちゃった?」 パインは僕 何か悪いことしたかなあと頭をかいている。 「ねえ、何話してたのさ?」 ジーンはちらりとパインを見ると、涼しい顔で兜を被りなおした。 「貴方がケチじゃなければ、そのうち教えてアゲマスヨ」


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