Friend
親の顔は知らない。氷点下の早朝、保育園の軒先に捨てられていたのを園長が見つけたという。
年齢にそぐわない異常な成長度に加えて言葉を喋ることのできる口の構造を持たなかった。
そのためゼクは、常に園児達の格好のいじめの的であった。
大人たちの目の届かない場所へ連れ出されては、
「やーい、ぞうにんげん ぞうにんげん」
「こいつ何やってもおこんないぜ」
「くやしかったらしゃべってみろよ」
蹴ったり殴ったり棒で突いたり、思い思いに園児達は日ごろの憂さを晴らした。
いつものようにゼクは抵抗せず、じっと時が過ぎ去るのを待っていた。そのとき、
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
後方から絶叫が聞こえた。
子供たちが振り返ると、いつの間にやって来たのか、こきたないハナタレの少年がひとり
積み上げてある土管の上に仁王立ちしているのだった。
視線が自分に集まったのを確認すると、少年は、
「とざい、とぉーざい」
パンパンと手を打って、
「やあやあ、トーからんものはオトにも聞け、チカくばよって目にもみよ」
どこの芝居小屋で見て来たものか、大げさな身振りで少年は声を張り上げた。
「えんちょうせんせいがおやつをくだすったぞ。ランチルームで待っている!ア、それでもやるか、やらいでか〜」
おやつという甘美な響きにたちまちわ〜っと歓声を上げ、蜘蛛の子を散らすように子供たちは去っていった。
「やれやれ、バカどもめ」
彼らがすっかりいなくなるまで見送った後に、土管の上から飛び降りると少年はゼクのもとへ歩み寄り、
手を引っ張って助け起こした。
「何やってんだおめえ。あんなやつらになんでだまってやられてんだよ」
「…」
「おめえはつよいのに、なんでやっつけねえんだ。カワイソウ?あらそいはきらい?バカ言っちゃいけねーよ。
あたらしいおもちゃ持ってたら見せびらかさなきゃソンだろ。つよかったら、つよいってとこ見せなきゃソンだろ」
「…」
立ち上がってもしばらく呆然としているゼクを横目に、
少年はポケットからきたないハンカチとたまごボーロの袋を取り出した。
「だいじょうぶだ、おめえとおいらの分のおやつはちゃんと取ってある。それに今のことはすでに
えんちょうせんせいにホウコクずみなので、やつらの分のおやつはねえ。ざまーみろだぜ」
ハンカチの方はポケットに突っ込み直し、鼻水を啜り上げると少年はゼクにニカッと笑いかけた。
「ところで、なんでおめえの声、みんなには聞こえねえんだろーな?」
「ゼク。オレはあの時から腹づもりは変わっちゃいねえぜ。
正義も悪もこの世にはない。存在もしないものにこだわってちゃいけねえよ。
生きていくのが楽か苦しいかを決めるのは、自分の了見を最後まで通せるかどうか。自由であれるかどうかだ。
どうすればそれが成せるか?手段はただ一つ。強くあること。
歴史は常に勝者が正義だ。だからこそ今はシーラルのやり方がまかり通ってる。
でも盛者必衰の理、必ず崩れる。ならば次はオレ達の番だ。
オレは正義なんか振りかざさない。だが誰よりも強くあってみせる。そのためなら、オレはどんな手だって使うぜ」
「…」
「おめえはいつもそうだな。ってもよ。オレはおめえを利用してるんだ、ゼク。
オレに愛想を尽かさねえのか?おめえの方が強いんだぜ。ブッ飛ばして出てったっていいんだ」
「…」
「かなわねえな」
カーラモンは笑って、ゼクのグラスに己のグラスをカチンと打ち付けた。
「ほんとうはよ、おめえには最後まで、オレの考え方は間違ってるって言い続けてて欲しいんだ。
だからオレは最後まで、おめえを引っ張って行きてえのさ」
緑燃ゆる土の国。
解放の自由に酔いしれる港町の酒場は、その日は朝方まで賑わっていた。
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