Knight
ちょうど、フォーレスからラダ砦に配置換えになることが決まった頃であった。
ムーラニアとの戦時下にあるので一夜きりのささやかなものであったが、
フォレスチナ王が旅立つ兵士達のために祝宴を開いてくれた。
「アルディス様、いつ出発なされるのですか?寂しゅうございますわ」
「ねえねえ、ラダってどんな所ですの?」
「アルディス様の武勇のお話を聞かせてくださいな!」
貴族の娘達に囲まれ、騎士団長アルディスは丁寧に受け答えしていた。
ジェニスはその様子を遠目に見ていた。
本当は傍へ行こうとしていたのだが、足が無意識に止まった。
彼らとの距離をとても遠く感じた。
華やかな衣装に身を包み、白く柔らかな指先に艶やかな装飾品を嵌めて美しくにこやかに笑う貴族の娘達。
腕や足の皮膚は古い傷でひきつり、指の関節は割れて乾き、豆だらけの掌、
常に土埃にまみれた髪に泥だらけの鎧を着た自分。
ジェニスはうつむき、踵を返そうとした。
「あ!」
アルディスが急に上ずった声をあげた。
緩慢に視線を上げたジェニスは、彼が自分を見ていることに気がついた。
「あ…っふ、副団長!例の件だな、分かった!すぐ行く」
アルディスは何やら言いながら大げさな身振り手振りで娘達に別れを告げると、足早にジェニスの方へとやってきた。
ジェニスが何も言わないうちにアルディスはやや焦った顔で彼女を促して歩き出した。
宴が催されている大広間を抜け、ほの暗い明かりの灯る誰もいない廊下を暫く無言で歩いてからやっと、
「ふぅ…」
物憂げに大きな溜め息をついて、
「助かった。ああいう令嬢方の相手は疲れるんだ。何を期待しているのだろう、
話していることも俺に聞いてくることも全然分からない」
弱弱しく笑うと彼は無意識に胃に手を当てた。
「俺は駄目なのかな…あんな風な、何も考えずに生きてきた…
生きてこられた人々と他愛も無い話をして楽しい気分になるなんて、とても無理だ…
人形とままごとをしているみたいで、いたたまれない気持ちになる。
副団長ぐらいにしか、こんなこと言えやしないけれども」
その顔を見上げていると急にあたたかい気持ちが溢れて、ジェニスは思わずうつむいた。
「…変かな」
彼女の仕草の意図を知らず、アルディスは不安そうにジェニスの顔を覗き込んできた。
ジェニスは顔を上げてニコッと笑うと、
「社交辞令もまともに言えないなんて情けないわね。それでも騎士団長なの?しっかりしなさいよ!」
「イタッ」
アルディスの背中をばちんとどついた。
「ラダだけどね、宮廷魔術師もお目付け役で一緒に来ることになったそうよ」
「アーバルス殿が?それは良かった」
「なぜ?」
「不祥事があっても上の人がいれば俺はお咎めを受けなくてすむ」
「まあ、後ろ向きね。位が上でも宮廷魔術師なんて砦の防衛には役に立たないんだから、
呼び捨てにするくらいの気概が無くてどうするの」
「そ、そんなぁ…」
紅い絨毯の上を踊るように二つの陰が重なりながら伸び、そのまま宴の会場とは反対方向に歩いていった。
土の国の蒸し暑く短い夜は更けゆく。
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