Hydrangea
ジェニスはセコアを東西に流れる川岸に、見慣れた燃えるような緋色を見つけた。
近づいていくと彼は残暑の日差しが照りつけるのも意に介するふうでなく
槍に寄りかかるようにして立ち、ぼんやりと河の方を眺めている。
「鍛錬してるのかと思ってたわ。サボってないで、メルドの考察でもしたらどう」
大きめの声を出して咎めると、アルディスはやっとこちらを振り向いたが、
「いや…」と呟いてまた視線を元の方へ戻してしまった。
何を見ているのかとジェニスは首を巡らせた。
河の対岸には紫陽花の樹がみっしりと生え、水面に枯れ落ちた花弁をはらはらと落としているのだった。
「まあ…満開の時はきっと綺麗だったんでしょうね」
炎帝に色を奪われ干乾びた額だけ残った紫陽花は、その数もさることながら
枝葉にまだ緑が残るためにいっそう己の時代を終えた侘しさを匂わせていた。
「跡形も無く消えてしまいたかったんじゃないだろうか」
ジェニスはアルディスを見上げた。
そして、彼が本当に見ているのはあの紫陽花ではないことに気がついた。
「何の思い出も 後悔も無く…死ねたら。
こんな惨めな抜け殻を晒すよりも」
この人の傷はいつ癒えるのだろう?
でも…彼が前に進もうとする限り、自分も諦めるつもりは無い。
ジェニスは彼の二の腕に己の肩を優しくぶつけた。
「貴方がいなくなったら寂しいわ」
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