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四人は裏寂れた街道を歩いていた。
クリフ村跡地を経てキメラ岩のある離島へ渡る方法を求め、視察に出かけた帰りだった。
キメラ岩はかつて、サファイヤ、チタンなどの豊富な鉱物物資を産出する
エルファリア随一の鉱山として潤った土地であったが、最も栄えていたのは三十年近く前だった。
キメラ岩では鉱物によるメルドを牛や猿などの動物に施し、運搬や発掘用にキメラ動物を携わらせていた。
それゆえ、キメラ岩という名がついたのであった。
しかし、ラの乱れによってキメラ動物は暴走し、鉱物も人間も構わず食い漁り始めた。
そのため鉱山は閉鎖に追い込まれ、その後地殻変動が起きて、キメラ岩一帯の土地は大陸から孤立してしまった。
豊富な鉱物資源がそのまま残されているので、なんとか今これを持ち帰れる方法がないかと探りに行ったのであったが、結局徒労に終わった。
海を渡る必要があるし、処分できなかったキメラ動物が野生化してさらに凶暴になり、危険すぎたのだった。
その、帰りだった。
湿度が低く、天気の悪い午後だった。
枯れ木の並ぶ林中は風もなく音もしない。
歩き続けた足は寒さと疲労でむくみ、体に重たい痺れがにじむ。
この先の林の中を突っ切れば、レジスタンスのアジトがあるのだ。
「もうすぐよ」
シーナは励ますために仲間たちに声をかけた。
仲間たちもうかない表情だったが、疲れをこらえてうなずいてみせた。
シーナは、そこでふつりと足を止めた。
「ところであんた誰なの?」
「えッ?」
シーナが声をかけた相手が自分だと、トリアスは思っていなかったようだった。
彼は驚いて目をぱちぱちさせた。
「誰って…ボクだよ。アハハ、シーナ、ほんとにボクには冷たいんだね、つれないなあハニー」
「知らないわ。あんたトリアスじゃない」
無造作に伸びたブロンドの髪から覗く怜悧な碧眼がトリアスを射抜く。
「え〜っウソだぁ、ひどいなシーナは。さっきだって魔物を一緒に退治したじゃないか。こんなふうに優雅にね、ホラ」
トリアスはすらりと曲刀を抜いて舞ってみせた。
ワイルはその会話を聞きながら、無言でパピを後方に回してかばうようにすると、音もなく距離を取った。
シーナはそれを一瞥すると、低い声で言った。
「トリアスは、左利きよ」
トリアスは目を見開いた。
右手に握った剣を見て、
「…あっそ」
あっさりと放り投げる。
「そっかぁ〜、どうりで持ちにくいと思ったんだぁ」
「そのバカな喋り方はよく似てたけどね」
「でしょォ?ガンバッたんだ」
「本物はどこ」
“トリアス”はケタケタと肩を揺らして笑った。
「ウフフフフフフ。ボクが知るわけないでしょォ?ずっとキミたちと一緒にいたんだからさァ」
「一理あるわ」
シーナは顔色一つ変えない。一歩進み出て、
「質問を変えましょう。あんたの本拠地はどこ」
「知ってどうするのォォォ」
“トリアス”はぞっとするような笑みを浮かべた。
「知ってももう遅いのさァ。こちらはお前らの本拠地を知れたからな。
だいたい向かってる先を見てると、ギアの村にあるんだろう?忌々しいレジスタンス、ごみ屑どもの巣が。
くくく、なるほどなるほど、わがシーラル皇の植民地の中で最も価値のない場所だったか。これで上によい報告ができる」
もはや彼はトリアスに擬態することをやめていた。
彼の皮膚はみるみるうちに黒く変色し、硬質化していき、美しい藍の髪がごっそり抜けおちて風に流れた。
するすると背が伸び、めぎめぎと音を立てて衣服が破れていくと、そこに立っていたのは人間のような形をした異形の者だった。
「…ジンマ」
ワイルが吐き捨てるようにつぶやいた。
ジンマ(人魔)は三種類ある魔物のうち、最も人間に近い体型と行動本能をもち、最も簡単に人工生産のできる魔物である。
特に言語脳が人間と非常に近く、擬態技能をもっていれば、人の社会に紛れ込むことのできる者もいる。
シーナは帽子のつばを深く下ろした。
「知られたからには、生かして帰せないわね。覚悟してもらう」
「ハハ、まるで悪者みたいな台詞だなあ」
ジンマは表情のない目でシーナを見降ろしながらからかうように言った。
「悪者でもいいわ」
シーナは杖を構えた。
「正義とか悪とか、あたし達はどうだっていいのよ。あたし達の故郷を取り戻すことができるなら」
ワイルがすらりと一対の双剣を抜き、前に出る。
「俺と戦おうっていうのかい?矮小な人類よ」
ジンマは鼻で笑う。
「ラにもっとも近く、ラにもっとも祝福されているのは、我々魔物だ。シーラル皇はそれをよくわかっていらっしゃるよ。
皇自ら半分魔物となり、魔物の力を得ているからな。
ゆえに我々を重んじてくださるし、我々に人類を統率する役目を与えて下さっている」
「くんだらは庚申さんの晩にせえよ」
ワイルが叫ぶと、ジンマに向かって力任せに剣を叩きつけた。ジンマは右腕で受け止める。
その腕は鋼でできており、先端に行くにつれて尖っていて、巨大な鉄箸のような形をしていた。
「戦士、お前、どこの出身なんだ?お前の言ってることははじめからちっともわからん。
低級のチマの言葉と変わらんぐらい分からんぞ。ハハ、ほんとに人間なのか?」
「わからんでよろしわ」
忽ち一人と一体の斬り合いが始まった。ワイルもジンマも二刀流、音の速さで撃剣が重なり合う。
「ハハハ!やるな人間のくせに。だが所詮お前らに与えられるラの祝福などたかが知れとるのさ。
魔物の体力がどれだけあるか知らぬわけではあるまい、え、レジスタンスの戦士ともあれば。なあ?
そのガリガリの体でひとり、どこまでもつかね?」
ジンマは鋼の両手から繰り出す攻撃を緩めることなく、流暢に挑発と嘲笑を浴びせ続ける。
「コイツなんなの激ウザ。まあ、なるほど?これじゃトリアスとそう変わらないわ」
シーナは帽子をクイと上に向けると、じりじりと押し込まれて徐々に後退を始めたワイルの隣に立つ。
「ラの祝福ですって?それのおかげであんたが強いっていうのなら、あたしが呪いをかけてあげるわ。
ラの恩恵を受けられなくなる呪いをね」
シーナは杖の先の宝玉に力を込めた。ラがそこに瞬間的に集まり、その光は緑色に見える。
「塔の雷、闇に燃ゆ嵐、転落の啓示を汝に打ち付けん。CRS(カース)!」
重力が増し、体が沈み込むような不気味な空間の重みがジンマを襲った。ジンマはよろけ、たたらを踏む。
「な、なんだ、これは」
「あたしの魔法はウィンドだけじゃなくってよ」
シ−ナはツンと言い放つと、杖をグルリと回し、構え直した。
「あたしに喧嘩を売るとね、不幸になるのよ。この魔法はすべての曝露状態への抵抗力を下げる効果を持っている」
ワイルが懐から短剣を数本投げた。ジンマは鉄箸のような手でいとも簡単にそれを弾き飛ばしたが、
「ターンを無駄にしたわね?」
シーナが嘲るようにつぶやいた。
「吹き荒べ…瑞兆の轟。ウィンド!!」
杖を下から上へ突くように振り上げると、大気から緑色の粒子が湧き出るように出現した。
それはジンマの体に纏わりつくと、一瞬にしてらせん状に形態を変え、ジンマを縛り上げた。
不思議なことに、粒子状の時は緑色だったそれは、風に変化すると紅色になるのだった。
「ぐあ!!」
身動きが取れなくなりもがくジンマの前に立ち、
「とっときのやつ使うたる。これは、ポイズンストーンとエメラルドから作った」
ワイルは懐から苔色の粉末の入った小瓶を取り出すと、素早く中身を短剣に塗りつけ、魔物の胸に突き立てた。
すると、苔色の粉末はざわざわと蠢きだし、ひとりでにワイルの刃を移動し始めた。
魔物の装甲の隙間から、内部に吸い込まれるように消える。
「ちいこい傷でも、ついたらしまいじょ」
アジトに戻ると、トリアスが待っていた。
「ひっどいよ、みんな!どォして置いてきぼりにするのさー、ボクすっごい焦ったんだからね」
近寄るトリアスに、シーナは杖を突きつけると、
「ウィンド」
「うわぁッ!!」
トリアスめがけて放ったが、緑の粒子はトリアスにあたると霧散してしまった。
「かからないわ」
「かけないでよ…」
「ウィンド!ウィンド!!ウィンド!!」
「ぎゃーーーーーっ!!」
「かからんなー」
「当然グリ。何回やってもかからないグリ。風のラの保護があるグリ」
「じゃあコイツは本物か」
「本物ってなーに?」
キョドるトリアスに、
「あんたどこにいたの?っていうか、どっからいなかったの?」
シーナは詰め寄った。
「そんなの知らないよ…」
トリアスに聞いても埒が明かないと判断し、三人はキメラ岩からの足取りを思い起こす。
「パピ、四人が別行動取ったのはいつが最後だった?」
「ムーラインに旅人用の宿屋があって泊まれたグリ。そっからは野宿でみんな一緒グリ」
「トリアスはワイルと相部屋だったんでしょ?」
ワイルは首を振った。
「ほうやったけど、コイツすぐおらんなったけん、知らん。朝になったらもんて来とったけんどないも思わんかった」
「どこに行ってたの?」
「女郎屋」
トリアスがサラリと答えるのに、ワイルとシーナは絶句した。言葉の意味の分からないパピだけが話の流れを見失う。
「シーラルのお膝元やぞ、あんなとこでなんしょんなボケカス。なんしに行ったか分かっとんか」
「ムーラインは綺麗な人が多いんだ」
「バカじゃないの?二、三度死ね」
ワイルとシーナがトリアスを責め立てていると、
「おい!どういうことだお前達!」
いつの間にか背後にフェルが立っていて、鬼の形相で四人を睨みつけていた。
「あれ、リーダー。…もしかして今の話聞いてました?」
「そんな大声で言い争っていれば嫌でも聞こえる。詳しく聞かせてもらおうか」
こうして風の謌は、何の功績もないのに問題ばかり起こす迷惑パーティとして悪名を増やしていくのだった。
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